2013年5月10日金曜日

兵庫県立粒子線医療センターの見学

 2013年5月7日,大学院ゼミ2名を同伴して,兵庫県立粒子線医療センターへの訪問調査を実施しました。(*記事の下線部に訂正を加えました:5月13日)

兵庫県立粒子線医療センター」の概要
 この施設は,新しい放射線治療である,陽子線と炭素イオン線を使える,まさに,世界最先端の粒子線医療施設です。
 2001年に開設され,延べ治療患者数は5,570人(2013年4月現在),先進医療としては全国トップの実績があります。(2011年度の下半期に1日あたりの患者数は過去最高を記録し,2011年度の治療患者数は,668人でした。その後,患者数の記録を更新し続けています。) 

粒子線医療センターの全貌模型

照射室が並ぶ廊下はいつも静寂
  

「治療費」(混合診療)

 私たちは「混合診療の全面解禁」についての研究を行うために訪問調査に伺ったのですが, ここでは,2005年に高度先進医療(現在は先進医療)の適用を受け,「混合診療」が認められています。(※以下,「先進医療」は混合診療が認められた医療のことです)。
治療回数は,頭頚癌,頭頚底腫瘍ともに26回,肺がん10回,前立腺がん37回と,約2週間から約8週間の治療期間を要します。
 1週間に5回治療を行い,肺がんの場合10回(約2週間),前立腺がんの場合37回(約8週間)の治療期間となります。
 治療費は,がんの種類,治療回数とは関係なく設定されています。
 ただし,肝臓がんだけは,再発リスクが高いため,照射治療費は半額に設定されているとのことでした。
 <治療費>
 「先進医療」=粒子線治療科(照射技術料) :2,883,000円
 診察,入院,投薬など健康保険対象は,一部負担(1割から3割負担)

 なお,世帯所得合計が346万円以下の方には,兵庫県による「粒子線治療資金貸付制度」があります。(兵庫県民だけでなく,“国内在住1年以上等”の条件がありますが,すべての人が貸付の対象となります)。
 しかし,実際には,8~9割の患者は「民間生命保険」を使い,そのうちおよそ1割の方が民間生命保険の「先進医療保険」を使って治療を受けています。
 他の“最先端医療”への需要を考え合わせると,「混合診療」が全面的に解禁された場合,さまざまな“最先端医療技術”へのアクセスが増加すると思われます。つまり,最先端医療による治療の可能性を検討する診察の段階から投薬治療までは,「社会保険」が使えるため,“最先端医療”への敷居が下がります。そして,すでに混合診療が認められている「先進医療」,まだ混合診療の対象となっていない“最先端医療”の部分を対象とする,民間の生命保険への需要がさらに増加することが予測できます。
 他方,現在,粒子線治療についても「社会保険」の対象に組み入るための検討が進められているとのことでした。それには,全国どこにいても同じような治療が受けられることも条件の1つになるでしょう。しかし,国民健康保険,後期高齢者医療制度には,間違いなく大きな財政負担となります。社会保険の給付対象とすべきかについては,医療保険制度の財政問題をふまえた議論が不可欠です。
 

 <粒子線医療センターの建設費>

 施設建設費:280億円(兵庫県起債:246億円,文部科学省から国庫補助金30億円),建設費の約9割が,兵庫県の起債によるものです。
平成22年度(2010年)に事業経営は黒字化,全国,海外からも患者が集まっています。

 「先進医療」への投資コストが,技術進歩とともに低下してくれば,いずれは社会保険の対象に組み入れていくことが可能になるでしょう。「先進医療」が認められ,優れた治療効果のある技術が,広く誰にでも提供されることが望ましいと考えるのは当然です。
 しかし,最先端の治療技術の開発を進めるためには,巨額の投資費用を前提とした試行錯誤,医療技術の冒険が必要です。

「設備よりも人材育成」

 訪問調査を通じて,「設備が整えば治療が開始できるというものではないこと」を実感しました。設備に多額の投資が必要であるだけではないのです。むしろ,高度な技術を身につけた人材,常に工夫を重ねて技術を磨く人材こそが,新しい医療技術を創りだしているのです。
例えば,
 「兵庫県粒子線医療センターは,約120件の項目について三菱電機へ提案し,当センターの装置に搭載。そのうち三菱電機が15件の特許取得」。
 「核種(陽子線から炭素イオン線,炭素イオン線から陽子線への)切替時間の大幅な短縮(当初1時間⇒平成24年4月から1分で運用)」
 「陽子線の実照射時間の大幅な短縮(6割短縮)(パルスビームの間隔を1.6秒から1.0秒へ短縮)」 【例】前立腺がんの1回の治療における実照射時間が1分⇒25秒に短縮」(※引用部は当日配布の資料から)
 その他,照射の効率化を実現する各種ソフトウエアの開発を含めて,どれも現場の技術者が開発し続けているからです。

 

照射ベッドの1度の傾きも目視で分かるそうです。

治療室の裏側には巨大な装置

「混合診療」を広く認めていくこと

 「混合診療」を全面的に認めていくべきかどうか,これこそ実証的に研究すべき課題ですから,まだ結論を出せません。しかし,さしあたっては,「先進医療」をはじめ”新しい医療技術”には,民間生命保険の商品を増やすことで対応することが可能です。
 もっとも,「最先端の医療技術」には,さまざまな試みがあります。治療効果がはっきりしないもの,高いリスクのあるものを含めて,それぞれに対応した民間生命保険のメニュー開発にも注目して参りたいと思います。

「新規施設への支援」 

 兵庫県(当時は貝原知事)の先行投資が,今,世界的に高く評価されるに至り,治療成果に注目が集まり,各地で同様の施設建設が検討されています。国内外を問わず,いろいろなところで施設建設が検討されており,技術移転の依頼が多いとお聞きしました。
これに対応するため,平成23年(2011)11月に「株式会社ひょうご粒子線メディカルサポート」が設立されました。
 「国内随一の治療実績の下で蓄積した専門性の高い治療ノウハウと,治療装置メーカー等の民間企業が有する技術力とを組み合わせ,新たに粒子線治療装置を導入する施設に対し,施設のスムーズな立ち上げや安全かつ効率的な治療の実施を支援するため」(5月6日資料より引用)です。

 *出資は:兵庫県80%,以下,三菱電機,横河医療ソリューションズ(株),フジデノロ(株),豊田通商(株),東芝メディカルシステムズ(株)

 初めての訪問調査で,その設備も素晴らしいものでしたが,診療放射線技師,医学物理士の皆さんのお仕事に感動し,亀井事務部長さんの説明にも感銘を受けました。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。
 
 *この記事は,5月9日に掲載しましたが,その後,粒子線医療センターの亀井了様からご指導を受け,下線部については,加筆訂正を加えました。亀井様には懇切なご指導を賜りましたこと,この場をお借りして御礼申し上げます。